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2015年3月5日木曜日

京都を旅す 二日目

さて、京都観光1日目。先ず、嵐山なる場所へ行ってみることにする。 
いや、素晴らしい。無駄なものが全くないのね。看板とか、電柱とか。 
ふらふらと、まずは天龍寺に入る。 
やや寒々とした景色ではあるが、凛として美しい。背筋がピンと伸びる感覚だ。 
なるほど。これは素晴らしいなぁ。京都ってのは、本当に恐ろしいくらいに洗練されていることを実感する。 


天龍寺を抜けるとこの竹林の径。あ~、この風景は写真で目にしたことがある。
この場所だったのだね。 

竹林を抜け、嵯峨野をそぞろ歩く。いや~、これまた古の風景そのまんま。数百年前に見えた景色とさほど変わらないのであろう。心現れる光景に、只々感銘を受ける。なぜ、この年までここを知らずに過ごしてきてしまったのだろう。もう、この辺で京都>>>>東京という価値観。いや、もともと東京好きではないし。 

小雨が降りだしたので、喫茶店に入る。娘は目を真ん丸にして、自家製のお菓子を堪能していた。何だか、可愛らしいなぁ。やっぱり、女の子が居てよかったなぁとつくづく実感した次第。 

嵐山/嵯峨野を堪能して、四条河原町方面へ戻る。 
え~、あちこち飲み歩きですわ。子連れですが、まだ夕方なので許されるはハズ。 


なんか、色々な老舗が多いね!和の食材が本当に美味しそう。
ということで、なかなか充実した1日であった。その後、うたた寝して3時ごろに目が覚める。
ふと外を見ると、この風景。後ろに見える山影が分かりますか?そして、この月。何だか鳥肌が立つ様な幻想的な雰囲気だった。この半年間の出来事が色々と思い出され、涙が出てくる。 泣いても仕方ないね~。

後日、夜中に見た光景が何だか見覚えあると思ったのだが、これでした。
実際、鷹峯がモチーフになっている模様。京都はトコトン奥が深い。

2015年3月4日水曜日

京都を旅す

お葬式を一通り終え、ひと段落。やることがあると言えばあるが、ないと言えばない。特に急ぎもしない。毎年、1週間連続休暇を取らねばならないが、今年は春休みに母の見舞いも兼ねて取るつもりでいたのだが、大幅に状況が変わってしまった。流石に忌引きを取った後に、更に数週間後に1週間休暇はもらえそうなので、この際一気に休むことにした。

とはいえ、福岡に居ても何だか寂しいだけだ。学校がある息子は東京に家内と帰ってしまったが、東京に戻る気もしない。ということで、娘と二人で京都を旅することにした。
先ずは新幹線で京都まで。博多駅でお寿司を調達し遅めのおひるごはん。娘は何だか大はしゃぎだ。息子がこの年の頃は休みも取りやすく、かなり密に接していた。それが、今の環境では全くままならない。正直、息子に接した時間ほど、全く接することが出来ていない。常日頃申し訳ないと思っているのだが、期せずして父親と二人旅行となった娘のはしゃぎ様に申し訳なさが募った。 
宿泊先は、東急ハーヴェストの京都鷹峯。2014年の利用権が4泊分残っていたので、全て使う。いや~、今年は弟に4枚は譲渡したが、自分でも26泊利用した。毎年20泊程度でとどまっていたので、今年は良く使ったなぁ。余り長期の休みが取れないので、金曜の夜に近郊に泊まりに行くというパターンが多かったのが、この利用頻度に繋がった模様。 
本日夕食は、お部屋で京都六盛の手桶弁当なり。
さて、明日より三日間、フルに京都観光が出来る。さて、何をしよう。

2015年3月1日日曜日

お母さん、有難う。

母がいってしまった。壮絶な抗がん剤治療の甲斐もなく......。ガン関係の活字が否応なしに目に入る。果たして、進めた治療方針は正しかったのか???この様な結果となることはある程度覚悟は出来ていた。本人もそうであっただろう。しかし、人は希望がないと生きられない。やはり、確率は非常に低くても治療にかけたかった。しかし、やはり駄目だった。こうなると、最期くらいはもっと楽にさせてあげたかったという後悔が募る。「頑張る、このくらいじゃ死なんけん。」と母は何度も言っていたが、本心ではどう思っていたのだろうか。やはり、日に日にその日が近づきつつあることを感じつつ、みんなに心配をかけたくない一心からそう言ってのであろう。

2月は私と娘の誕生月だ。そこに命日が重なるのは嫌だ。兎に角2月は頑張ると母は言っていた。そして、私の誕生日が終わり3/1になって15分後にいってしまった。これほどの愛情表現はないよ........。そのことだけを伝えたくて、最期の1週間は朦朧とした意識の中で母は頑張ったんだなぁ。最期に、強烈なパワーを貰った気がする。

よく、帰省時に子供3人+父で難しい話をしているときに、「私が育てたとよ!」と母は口を挟んでいた。それは本当にその通りだった。子供の教育ってのは、小さい頃から塾に入れたり、お受験させたりすることではないよね。母からは一度たりとも勉強しろと言われたことはなかった。ただ何か起きたときには守ってくれるであろうという安心感と、いい結果が出たら無茶苦茶喜んでくれそうだという期待だけ。それで、子供たちは、半ば父親不参加の中、勝手に頑張って、一橋だの東大だの合格するし、日の丸背負ってアメリカと交渉するしで、きちんと育っていった。母親業という職業があれば、文句なしに大成功を修めたと言えるだろう。

あ~、しかし悲しいよ。寂しいよ.............................。



2015年2月26日木曜日

危篤

母の容体が相当良くないとの連絡。覚悟はある程度できていたが、いざとなると体が硬直する。
こうなってもジタバタしなくて良い様に何度も福岡には帰っていた積りだ。よって、平然と構えた。最期には会えなくても仕方なかろうと思っていた。しかし、もうすでに意識はないのだが、母はの意思は違っていた模様。皆に看取ってほしいようだ。もうだめかと思ったが、頑張っている。よって、木曜日からまた帰省。今回初めて新幹線で帰ってみた。

2015年2月20日金曜日

また、また、また、また、また、また、また、また、また、また、また、また福岡!

また、福岡です。今回は、スカイマーク。残念ですが、A330は飛んでません。737-800です。 
むむ、ジェットスターより広い!若干広いだけだけど、これで満足。  
今日はデイフライトで、かつ日本中晴れということで、窓側を取る。飛行機は、ほぼ満席だ。 
自宅近くの上空を飛ぶ。真ん中の緑地帯が善福寺川公園だな。 
日本アルプスも綺麗に見えた。 
福岡アプローチ。久しぶりに南側から着陸の模様。 
大濠公園。 
山に突き当たる前に大きく旋回し着陸した。 
北天神のウェストで昼飯を食べる。 
母の病室より。2/11に来た時より更に弱ってしまっている。か弱い声で一生懸命話しているが、3割程度しかわからない。「○○って言ったと?」と聞き直すと、どうも見当違いだった様子で、何度か困ったなぁという感じで苦笑いしていた。
ん~、ここから良くなる様子がイメージできない。やはり、移植は体力的に無理だったのだろうか。もっと、最初からこの病院に来ていたら良かったのに、転院する間に折角の貴重な寛解の時間を無駄にしてしまったのではないか。白血病M6b型というのはわかっており、寛解の時間が貴重なことは認識できていたはずではないか。いや、12月に移植に移っていては、それこそ昨年の間にダメになってしまっていたかも。
1/13に移植を決断したが、せかせてしまったのではないか?座して死を待つくらいなら、頑張りたいというのは本当に母の意思だったのだろうか?そういう風に僕が仕向けてしまったのではないか?もし、移植をしなければここまできつい思いをせずに、そしてもうちょっと長く生きられはしなかったか?色々な思いが交錯する。

翌日は、朝11時から面会時間だが、時間を勘違いして10時に病院に着く。そのことに病院の手前まで来てやっと気が付いて、なんだか混乱してるなぁと実感した。病室に入るが、母は呼びかけると気が付くものの殆ど眠ってしまっている。起こしても、話せないしので、見守ることにする。ドンドンと時間が過ぎていく。色々と話が出来た1月末のお見舞いがずっと昔のような気がする。 そうこうしているうちに、時間がどんどん過ぎてしまう。

何があっても良い様にと、移植準備の抗がん剤投与が始まる前に、母に改めてメールをした。男の子の成長=母親からの自立であり、世の中の母親というのは可哀想だということ。それでも、きちんと子離れして、子供の成長を遠くから見守り喜んでいたのは立派であったこと。そして、今一度母親との関係を振り返ってみて、これまで自分自身が思っていた以上に母親からの良い影響を受けていたことに気が付いたこと。それはすなわち、生活を楽しむとか、人とうまく付き合うとか、冗談を言ってみるとか、そういう勉強とか社会的成功とかとは切り離された、人間として楽しく生きる術の様なことであったということ。これが無ければ暗い人生であっただろうこと。そして、無菌室でマスクをすると、目の周りが母親そっくりであったことに気が付いたことなどなど。母からの返事は「泣かせるメール有難う。云々。」であった。きちんと伝えられ、本当に良かったと思う。

最後に病室を去る際に、母親の耳元で、「色々とこれまで有難う。春休みにまたみんなでくるけん。頑張ってね。」と言った。これだけ頑張ってるのに、更に頑張ってねとは酷だが、母は「大丈夫。心配せんで。これじゃ死なんけん。」とか細く、でもハッキリと言っていた。 
帰りのスカイマーク。最前列で前が広々。再来週はシンガポール出張だ。次のチケットは3週間後。随分と先に感じる。どうなるんだろう。持ちこたえてほしい。

2015年2月13日金曜日

日本酒レビュー 石川県白山市 吉田酒造 大吟醸 吉田蔵

石川県白山市 吉田酒造 大吟醸 吉田蔵。成城石井で1,400円ほどで購入。山田錦と五百万石を半々で使用。白山からの雪解け水を使う石川のお酒は本当にスッキリしていて美味しい。しかし、どうもこのお酒はいまいち個性がない。大吟醸というほどの芳醇感がない。お米の個性も出し切れていない。HPを見てみると、なるほど発展途上にあるお酒の様だ。リーズナブルではあるが、もうひと踏ん張りかな。

2015年2月12日木曜日

日本酒レビュー 石川県能美市 宮本酒造店 「夢醸」

石川県能美市 宮本酒造店 「夢醸」。有楽町のアンテナショップで1,680円で購入。そもそも日本酒に関心を持ったのは、北陸旅行であったが、このお酒は僕の北陸のお酒好きを決定づけたといえよう。石川県産の契約栽培をした五百万石を100%使用した純米吟醸。上品で軽い味わいが口の中にふわ~っと広がる上品なお酒だ。やはり、味の強い肉系の料理以外なら何にでも合いそうだ。

日本酒レビュー 真澄 奥伝寒造り (純米酒)

真澄 奥伝寒造り (純米酒)。蓼科で1,600円ほどで購入。長野県産美山錦・ひとごこち、兵庫県産山田錦。精米歩合60%。何度となく来ている蓼科だが、諏訪の酒蔵にはあまり関心を持ってこなかった。売店、サムシングにおいてあるのを見つけ、たまには日本酒も良いかなぁと思い手にしたのだが....。うまい!お米の個性がハッキリ出ている。切れがあってさっぱり。個性的なのに個性を主張しない。日本酒の世界への扉を開いてくれたお酒である。

2015年2月11日水曜日

また福岡

本日は建国記念日。ジェットスターで往復8,400円の格安チケットがゲット出来たので、日帰りでお見舞いをすることにした。こんなにも安く、福岡往復出来るなんて、Thanks Jetstar!!!である。
これまで同様4:45amに自宅発。7:05amの飛行機に乗り込む。前回よりも搭乗時の空が明るくなった。10月に母親の白血病が発覚して以来、どんよりした日々ではあるが、冬を過ぎ、徐々に春に向かっていることを実感する。 

福岡の着陸寸前。こんな市街地に空港があって本当にいいのかなぁ。結構市内も飛行機の音がうるさいのに、福岡市民は日本で一番都心に近い空港というのが好き。どういうメンタリティなのだろうか。東京から市街地の距離は福岡も、広島も、岡山もあんまり変わらないということが価値なのかなぁ。それ自体が東京中心主義の様な感じがして、僕は嫌いだけど。福岡の価値は、やはり断然西のハジだが、アジアに近い大都市ってことじゃないの? 
博多駅の麺街道で再び二葉亭。この豚骨のコクがあるのに、脂っこさが全くない正真正銘の博多ラーメンに大変魅了されている。うまかった。滋味なり。 
母は、2月の頭に抗がん剤3クルー目と放射線治療を受けて、臍帯血のミニ移植に臨んだ。今は、血液の活動がすべて低下しており、最もきつく危険の高い時期。11時に病院に着くと、深く眠っている様子。とてもきつそうで、可愛そうで涙が出てくる。1時間ほどじっと観察していると目を覚ましてくれた。何か色々とお話をしたそうだが、声に張りがないのと、口内炎で上手く発音が出来ないのとで3割くらいしかわからない。何とか、この局面を乗り切ってほしい。「心配させてごめんね。ここでは死なれん。頑張るけんね。」と言っていた。

Jetstar最終便の7:55pmで帰る。家に着いたのは11:30pm。僕もちょっと疲れた。

日本酒レビュー 純米吟醸 清水(きよいみず)

新潟県長岡市の久須美酒造のお酒。新潟県産の五百万石をメインにこしいぶきも使用。精米歩合55%。冬季限定の蔵出しということで、成城石井で1,500円ほどで購入。かなりさっぱりした味わい。ちょっと、薄すぎるかなぁ。白身魚のお刺身などと合わせると美味しそうだ。あとは、ピリッと効いたわさびと一緒に食べる蕎麦などはどうかなぁ。濃い目の食事にあわせると個性が埋没しそうである。

2015年2月10日火曜日

日本酒に開眼!

ワイン大好きで、かなり飲んできた。ワインリストを見ると、心が躍るのはお勉強して投資してきた人の特権である。そんな私も、日本酒は全く無知。基本的な区別もついていなかった。それが、昨年11月に北陸を旅してからちょっと変わって来た。実にうまいし、個性があるではないか。これをしっかり知らずして、酒は語れない!しかも、ワインと比べて価格が非常にリーズナブルなのも嬉しい。ということで、色々とチャレンジしてみることにする。

2015年2月9日月曜日

子供の留学「早ければよい」は間違い


子供の英語教育をどうしたら良いかという相談をよく受ける。僕はいつも、「海外に一度旅行に連れていくなりして、日本以外の世界があることを強く認識させる。出来れば、親が英語でコミュニケーションをしてる姿を示し、勉学の意欲を持たせる。あとは、中学までは学校の教育で十分。高校に入ったら、一年間、休学して交換留学させる。しかし、大学は語学系に安易に進ませない。そして、出来たら大学でもう一年行かせて仕上げをさせる。何よりも重要なのは、母国語での読解力。特に幼少期は英語より国語。そして、算数。」と答えている。これは、なかなか受けない。もっと、「今」お金をかけて、親もびっくりするほど英語を話させたいと考えている人が大変多い。

英語は重要だ。しかし、日本人として海外で働く、外国人と働く、外資系企業で働く、多国籍企業で働くとき、最も求められるのは語学力ではない。語学力があることは単にデフォルト。その上で、プラスアルファで必須なのが、日本人として自分を差別化出来るかということである。難しいと思われるかもしれないが、これは実は相当ラッキーなことである。デンマーク語で書かれた医学書はないそうだ。英語のベストセラーはロマンシュ語には訳されない。つまり、人口が1千万、2千万にも満たない国に住んでいる人は、専門知識を母国語では得られない。逆にいうと、自国の経済圏が残念ながらirrelevantという訳だ。 一方、日本人は1億2千万強の人口があるが故にあらゆる専門書は日本語で読める。それだけの経済規模があり、市場自体がrelevantということの証左である。従って、世界レベルの知識を獲得するのに、語学は必要がない。そして、マザーマーケットを代表して海外と仕事をするというモデルが十分機能するのである。

時に、下手な英語でも通じれば良いとか、何とかなるという人が居る。これは、大間違いだ。どんなアクセントで、どんな言い回しで話すか。もし、話す相手がきちんと教育を受けた人であれば、相手はこちらの言葉の端々から色々な情報を収集していると思ってよかろう。きちんとした英語が話せなければ、教育機会に恵まれなかった可哀想な人と見下される。

時に、自分の考えと全く同じ方の文を見にすることがあるが、これは大きな喜びだ。先日の日経新聞のWeb版にあった、河合江理子さんという方の記事は、もう全くドンピシャに僕が日頃から考えていることをお話になられており、驚いた。僕が話すよりも説得力があると思うので、ぜひこちらの記事をお読みいただきたい。

http://www.nikkei.com/my/#!/article/DGXMZO82292100T20C15A1000000/





2015年2月7日土曜日

箱根の旅

一度行ってみたかった御殿場のアウトレットモールに行ってみる。凄い混雑しているイメージであったが、流石に16時半についたので空いていた。色々と見ごたえがあるが、時間を決めて回らないときりがないなぁ。 息子はサッカーシューズ(50%off)、妻の靴(33%off)、僕のネクタイ(50%off)を購入し、元は取った気分。しかし、このフォーマットも意外と品ぞろえが難しいね。行って、満足する買い物が出来なかったら、リピートしてもらえないからなぁ。
その後、5年半ぶりに御殿場高原ビールへ。でも、ビールが飲めない。苦行だ~。 
こちらもほぼ1年半ぶりの東急ハーヴェスト 箱根明神台。ここは数ある東急HVCのホテルの中でもお気に入りの一つだ。何とも言えないこじんまりした感じが非常に落ち着いてホッとする。この規模で立派なプールがあるのも有難い。

翌日はなんと雨。12時にチェックアウトして、しばらくこのお庭でくつろぐのがいつものパターンなのだが、流石にこれでは無理だ。 
それでも、人気のなくなったロビーでゆっくりくつろぎ、リラックスしました。東京に戻ったのは午後3時。実質24時間なのに、ちゃんとした旅をした気分。箱根はお手軽さが良いなぁ。