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2015年3月7日土曜日

京都の旅 4日目

本日は、朝から行動するのが億劫になるような雨であった。
とはいえ、予定を遂行する。先ずは、龍安寺に行く。91年以来、24年ぶり2回目。 
24年前になぜ京都に行ったのか?大学受験をした91年の春、すべり止めの早稲田、慶応の合格発表が次々と届いた。当時は、レタックスというサービスで合格番号が届いた。おそらく9amごろに現地で合格発表。その後、希望者にレタックスが届けられ、お昼過ぎに合格番号を知るというような、今では考えられない時間差があったのだ。バリバリと封を切り、「あった~!」と喜ぶわけだが1年間の受験勉強の成果を通知する方式としては何とも味気なく、喜びも半分という感じであった。そこで、本命の一橋の発表は、ぜひ生で見るぜ!と突如思い立ち、15時ごろの新幹線で新大阪まで行き、その後は鈍行で発表日の朝、東京に着いたのであった。 
その後、生で合格を確認し、これで自由だ~!とばかりに数日旅をしたのであった。行先は一度行ってみたかった京都。そう、その旅で初めて教科書などで見た金閣寺、銀閣寺、清水寺、仁和寺、龍安寺、法隆寺、平等院鳳凰堂等々をあれこれ見て回ったのだった。その美しさは衝撃的だった。そして、京都大学も見た。初めて見た一橋の国立キャンパスも美しかったが、京大の花時計も同じようなインパクトがあった。あ~、別に東京行きたいから一橋にしたわけじゃなかったのに。こんな場所で学べるんなら、京大目指せばよかったよ.....と合格の喜びも束の間、後悔してしまったのであった。

あ、話が横にそれました。龍安寺の石庭にて、娘と何に見えるかのお話をする。なかなか、面白く想像が広がり楽しかった。外は雨だし、ゆっくりと楽しむ。 
子供を今あちこち連れて行っている目的の一つは、まず自分の目で色々と見て、自分で決めてほしいう願いからである。僕自信、高校生、いや小中生の時にあちこち見られていたら、もっと違ったチョイスをしていたと思う。アメリカ留学行かせてもらったのは有難かったけど、その前に東京と京都くらいは見ておきたかったなぁ。
結局、受験勉強中、どの街で学生生活を送りたいという希望は全くなかった。そりゃそうだ、福岡以外、生活をイメージ出来る街はなかったから。そんな中、取り敢えず高3になり受験勉強を始めると、意外と成績が伸びる。九大は受かりそうだが、もう少し上も狙えそうだなぁと思ったときに、どうしようか迷ってしまった。明確イメージできる目標がなかったのである。
冬の京都、雨の京都、観光客が余りいず、結構いいです。
心が洗われます。 

湯豆腐屋さんがあるらしい。娘に話すと、行きたい!と。 
お庭を眺めながら湯豆腐と食べる。いや、素晴らしい! 



続いて、傘をさしてトボトボ雨の中を歩いて仁和寺へ。 

凄い。この構図は素晴らしい。しばし立ち止まり眺めてしまった。 


雨の京都ってのは実はいいんだなぁ。雨の日ながらの風情がある。 
近くの喫茶店「さのわ」に入る。京都らしい和カフェで心が和んだ。 
娘もお利口さんでロールケーキを食べた。お店の人に褒められて、お土産まで頂いた次第。
ん~、娘と旅すると得することが多いなぁ。 
その後、都心に戻る。 
一度歩いてみたかった木屋町。昔、札幌駐在していた時の支店行きつけの店が「木屋町」だった。
京都由来というのは知っていたが、どんな場所か知らなかった。で、こんな感じ。良い感じなんだけど、かなり観光客チックな感じだ。あまり子供連れていく感じでもないかなぁ。 
結局、娘のリクエストで「いくら」の食べられるお寿司屋さんに行く。
いや、このお方、イクラが何よりもの大好物なんです。これで、満足していただきました。

2015年3月6日金曜日

京都の旅 3日目

夜中のへんな時間に目が覚めてしまったので、朝寝坊をしてしまう。昨晩の幻想的な光景も、夜が明けてみればこんな感じなり。 
さて、どうしよう?オリジナルプランは仁和寺に行く予定だった。しかし、大学の後輩とランチをする約束をしており、13時に烏丸御池に行くにはやや時間が迫っている。地図を眺めていると、待ち合わせ場所に近い所に二条城なるものがある。急遽予定変更して、二条城を訪れることにする。 
恥ずかしながら、地理で大学受験を突破した身としては、歴史には非常に疎い。その後、山川の教科書など買い込んで独学はしたものの、二条城がなんたるや、分かっていなかった。 
こんな歴史の舞台を500円払えば見られるとは衝撃的だ。
大政奉還を決めた場所って、そのまま残ってるのか!? 
再び、日本史をやらんといかんなぁと実感した。 

その後、きちんとランチに間に合って、京都の町屋でのおばんざいランチをお互馳走になる。娘の目が点になっていておかしい。「この人だあれ!?」という戸惑いの様子。「新しいお母さんだよ」とからかうと、サッと顔が蒼くなっていた。悪い悪い。「学校のお友達たよ~っ」と取り繕うと安心した様子で、その後はトコトンなついていた。子供って面白いなぁ。 2時間ほど話をして、解散。この後輩(と言っても1年下なだけ)だが、新卒から外資で働いて、その後MBA取ってとある公的な国際金融機関でキャリアを積み、その後は泣く子も黙る某外資で再び働いたキャリアの持ち主。結婚したご主人の都合で京都に暮らしているが、こういうエキスパティーズが眠ってしまっているのは勿体ない話だなぁとつくづく感じる。京都=ボストン=エジンバラなので、この京都の価値をマネタイズすべく、頑張ってほしい所だ。
ランチ解散後は、鴨川沿いを歩いて、下鴨神社を目指す。地図上だとすぐそばなのだが、意外に遠い。  
小一時間歩くも、この光景は悪くない。 
糺の森を抜ける。一歩一歩歩くごとに、清らかな気持ちになる不思議な参道だ。 
そして、下鴨神社。あまり特別な感じの建物ではないが、その歴史には圧倒される。 


その後は、近くの喫茶店に入りお茶をする。これまた、娘の目が点になり....美味しい美味しいとパンケーキを食べていた。スタバで300円程度で美味しいコーヒーが飲めてしまうので、喫茶店、カフェは全く利用していなかった。でも、多少高くともガヤガヤしてない中で落ち着いてコーヒーを飲める空間というのは貴重だなぁと実感。これからは、500円払っても時々こういう場所を利用しようという気になった。  流石は京都だ。 
再び鴨川に戻ると、遠くに夕日が落ちていた。ただただ、雅なり。 
こんばんは、そのままハーヴェストに戻り、敷地内にある鳥料理屋さん「わかどり」を訪れる。
娘と二人で美味しい料理を食べるって、至福だなぁ~。 女の子を連れて旅するメリットは、出会う人出会う人、優しく接してくれること。「わかどり」の板さんも、あれこれ好みを聞いてくれてとてもありがたかった。


それにしても、京都の食のレベルは高いなぁ。
今日もとっても充実した一日だった。

2015年3月5日木曜日

京都を旅す 二日目

さて、京都観光1日目。先ず、嵐山なる場所へ行ってみることにする。 
いや、素晴らしい。無駄なものが全くないのね。看板とか、電柱とか。 
ふらふらと、まずは天龍寺に入る。 
やや寒々とした景色ではあるが、凛として美しい。背筋がピンと伸びる感覚だ。 
なるほど。これは素晴らしいなぁ。京都ってのは、本当に恐ろしいくらいに洗練されていることを実感する。 


天龍寺を抜けるとこの竹林の径。あ~、この風景は写真で目にしたことがある。
この場所だったのだね。 

竹林を抜け、嵯峨野をそぞろ歩く。いや~、これまた古の風景そのまんま。数百年前に見えた景色とさほど変わらないのであろう。心現れる光景に、只々感銘を受ける。なぜ、この年までここを知らずに過ごしてきてしまったのだろう。もう、この辺で京都>>>>東京という価値観。いや、もともと東京好きではないし。 

小雨が降りだしたので、喫茶店に入る。娘は目を真ん丸にして、自家製のお菓子を堪能していた。何だか、可愛らしいなぁ。やっぱり、女の子が居てよかったなぁとつくづく実感した次第。 

嵐山/嵯峨野を堪能して、四条河原町方面へ戻る。 
え~、あちこち飲み歩きですわ。子連れですが、まだ夕方なので許されるはハズ。 


なんか、色々な老舗が多いね!和の食材が本当に美味しそう。
ということで、なかなか充実した1日であった。その後、うたた寝して3時ごろに目が覚める。
ふと外を見ると、この風景。後ろに見える山影が分かりますか?そして、この月。何だか鳥肌が立つ様な幻想的な雰囲気だった。この半年間の出来事が色々と思い出され、涙が出てくる。 泣いても仕方ないね~。

後日、夜中に見た光景が何だか見覚えあると思ったのだが、これでした。
実際、鷹峯がモチーフになっている模様。京都はトコトン奥が深い。

2015年3月4日水曜日

京都を旅す

お葬式を一通り終え、ひと段落。やることがあると言えばあるが、ないと言えばない。特に急ぎもしない。毎年、1週間連続休暇を取らねばならないが、今年は春休みに母の見舞いも兼ねて取るつもりでいたのだが、大幅に状況が変わってしまった。流石に忌引きを取った後に、更に数週間後に1週間休暇はもらえそうなので、この際一気に休むことにした。

とはいえ、福岡に居ても何だか寂しいだけだ。学校がある息子は東京に家内と帰ってしまったが、東京に戻る気もしない。ということで、娘と二人で京都を旅することにした。
先ずは新幹線で京都まで。博多駅でお寿司を調達し遅めのおひるごはん。娘は何だか大はしゃぎだ。息子がこの年の頃は休みも取りやすく、かなり密に接していた。それが、今の環境では全くままならない。正直、息子に接した時間ほど、全く接することが出来ていない。常日頃申し訳ないと思っているのだが、期せずして父親と二人旅行となった娘のはしゃぎ様に申し訳なさが募った。 
宿泊先は、東急ハーヴェストの京都鷹峯。2014年の利用権が4泊分残っていたので、全て使う。いや~、今年は弟に4枚は譲渡したが、自分でも26泊利用した。毎年20泊程度でとどまっていたので、今年は良く使ったなぁ。余り長期の休みが取れないので、金曜の夜に近郊に泊まりに行くというパターンが多かったのが、この利用頻度に繋がった模様。 
本日夕食は、お部屋で京都六盛の手桶弁当なり。
さて、明日より三日間、フルに京都観光が出来る。さて、何をしよう。

2015年3月1日日曜日

お母さん、有難う。

母がいってしまった。壮絶な抗がん剤治療の甲斐もなく......。ガン関係の活字が否応なしに目に入る。果たして、進めた治療方針は正しかったのか???この様な結果となることはある程度覚悟は出来ていた。本人もそうであっただろう。しかし、人は希望がないと生きられない。やはり、確率は非常に低くても治療にかけたかった。しかし、やはり駄目だった。こうなると、最期くらいはもっと楽にさせてあげたかったという後悔が募る。「頑張る、このくらいじゃ死なんけん。」と母は何度も言っていたが、本心ではどう思っていたのだろうか。やはり、日に日にその日が近づきつつあることを感じつつ、みんなに心配をかけたくない一心からそう言ってのであろう。

2月は私と娘の誕生月だ。そこに命日が重なるのは嫌だ。兎に角2月は頑張ると母は言っていた。そして、私の誕生日が終わり3/1になって15分後にいってしまった。これほどの愛情表現はないよ........。そのことだけを伝えたくて、最期の1週間は朦朧とした意識の中で母は頑張ったんだなぁ。最期に、強烈なパワーを貰った気がする。

よく、帰省時に子供3人+父で難しい話をしているときに、「私が育てたとよ!」と母は口を挟んでいた。それは本当にその通りだった。子供の教育ってのは、小さい頃から塾に入れたり、お受験させたりすることではないよね。母からは一度たりとも勉強しろと言われたことはなかった。ただ何か起きたときには守ってくれるであろうという安心感と、いい結果が出たら無茶苦茶喜んでくれそうだという期待だけ。それで、子供たちは、半ば父親不参加の中、勝手に頑張って、一橋だの東大だの合格するし、日の丸背負ってアメリカと交渉するしで、きちんと育っていった。母親業という職業があれば、文句なしに大成功を修めたと言えるだろう。

あ~、しかし悲しいよ。寂しいよ.............................。