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2004年6月27日日曜日

27時間 フランス旅行

今回の旅の主目的にひとつが、夏に向けたビールの調達である。何しろ、英国の物価は高い。普通の330ccの瓶ビールが一本200円、輸入銘柄になるとこの倍はする。これが、海を越えたフランスでは50円だ。

4月の旅行で、ベルギービールの世界に完全に魅せられた私は、今回は英国では一本400円もするベルギービールの数々をどうしてもそろえたかった。国境を越えたベルギー側に、写真の倉庫のような酒屋がある。ここでは、1本、1ユーロ以下だ。嬉々として各種取り揃えて100本ほど調達。前日にフランスでも100本ほど買ったので、車はトランクも後部座席も荷物でいっぱい。

EUの国境は、原則フリーパスである。しかし、余りに大量の荷物を積んでいたので怪しまれたのか、初めてストップをかけられた。トランクを開けた仏軍の制服兄ちゃんは、大量のビールを見て、英語で"oh my god!"と言った。

2004年6月26日土曜日

27時間 フランス旅行

 ユーロトンネルは、12時以降に出発し、翌日15時前の列車で戻ると37ポンドというお得な料金がある。買い物客を対象とした日帰り20ポンドなんてのもあるが、それだけだとちょっと味気ない。その点、一泊できれば買い物のあとオーべルージュに泊まってフレンチを味わうと言うことができ、土日旅行にはうってつけである。

ロンドンから、ユーロトンネルの英国側の駅までは約1時間半。2階建ての電車に、写真のように車ごと乗り込む。対岸までは、35分!
この、トンネル建設は、Japanマネーの存在なくして成り立たなかったことをご存知だろうか。考えてみれば、無謀なプロジェクトだった。絶対にソロバンが合わないこの事業に、バブル期の邦銀が「海外大型プロジェクトファイナス!」とこぞって融資したのだった。その後、90年代半ばに多額の債権放棄が行われ、損失が確定した。その後も数回の金融支援が行われている。にもかかわらず、このトンネル会社の収益はボロボロだ。利払いが出来るだけのキャッシュフローしかない。

英仏両国民は、本当は陸続きは嫌なようだ。この儲かっていないトンネル、いつの日か集票に困った政治家が、浮動票を得るために埋め建てるのではと危惧するしだいである。
 フランス旅行にお薦めしたいのが、このウェブサイト。
独立系のオーべルージュが多数載っている。これまでに、掲載されている宿に10泊ほどしたが、一度も不満に思ったことがない。宿泊費は50-80ユーロ(2名)と格安で、最高の料理と無名だが美味しいワインの組み合わせがこれまた50-80ユーロ(2名)。つまり一泊2食、2名で100-150ユーロで最高のフレンチが楽しめるのだ。ロケーションは大半は車でしかいけない田舎なのだが、レストランは「こんな田舎に、こんなに雰囲気の良いレストランが!」と毎回驚かせられる。

今回は、カレーから約1時間、ベルギー国境に近いAUBERGE AU VERT MONT に泊まった。昨年についで、2回目。ワインよりも、ベルギービールのセレクションが充実している。ベルギービールに目覚めた私にとっては、最高のオーべルージュである。
妻は、お庭の小動物園が気に入った様。同じ敷地に、七面鳥、鶏、羊、キジなどが沢山飼ってある。まさか、食用かと思ったが、1年後に訪れても同じ面子が揃っており、杞憂であった。

2004年6月20日日曜日

エジンバラの旅 Day3


エジンバラには、実は数多くの有名な運用会社がある。その大半が、かなり長期の運用をやっていて、滅多に売買をしない。そして、運用成績もかなり良い。この街に来て見て、何故そのような運用スタイルなのかが良くわかった。エジンバラでは、本当にゆっくり時間が流れている。ここでは、短期的なニュースなどノイズでしかありえない。ノイズに惑わされることなく、あらゆる事象の本質はなんなのか?その中で、構造的に恩恵を受ける産業、ダメージを受ける産業はなんなのかという観点で投資が出来るのであろう。

情報の洪水の中で、本質を見逃してないか?エジンバラの街は、私にそう問いかけているようだった。

2004年6月19日土曜日

エジンバラの旅 Day2

 エジンバラの天気は、ロンドン以上に不安定だった。カールトンヒルに登ったときには、ご覧のような晴天。
 それが、30分後にはこれである!このあと、雨になったが、その30分後にはまた晴れた。
そして、エジンバラ城に登ったときには......。
晴れたからと思い行ったら、そのあとものすごい暴風雨に。お城の見学どころではなかった。この街では、天候は全て運に任せるしかなさそうだ。

2004年6月18日金曜日

エジンバラの旅

 たまには、イギリス国内も旅してみようと思い、エジンバラに行った。ロンドンのキングスクロス駅からは、ご覧のようなレトロな雰囲気の列車で4時間半である。電車は、ほぼ満席に近い。イギリス人って鉄道の旅が好きなようだ。みんな、なんとなくはしゃいでいる感じ。
 エジンバラの駅を降りて、驚いた。ここは、英国ではない!!スッコトランドという外国に来たんだということを実感した。レンガ造りが多いイングランドと比較して、こちらは全てが石造り。とても重厚な雰囲気だ。英語も、早口でアクセントが強く、普段耳にしているのとは全く違う。
 ATMでお金を下ろして、更にビックリ。スコットランド独自のお札があったのだ!勿論、イギリスポンドと同じ価値だが、エリザベス二世の肖像画はそこにはない。ロンドンでこれを使おうとすると、結構嫌がられるらしい。
 ロンドンのパブはうるさく、煙たく、余り行く気がしない。それに、料理も本当に驚くほどマズイ。それに比べて、エジンバラのパブは、静かで落ち着いていて、料理もとても美味しかった。独自銘柄のビールが多くあり、飲み比べが楽しい。
何故この季節を選んだかというと、夜が長いから。夏至が間近のこの時期は、夜中の12時でも、そらがうっすらと明るい。写真は、0時過ぎに浮かび上がるエジンバラ城。

2004年5月4日火曜日

シチリア島の旅 最終日

 飛行機は、パレルモからなのでお昼前の電車で戻る。ローマ行きの列車。ほぼ、丸一日かけて列車は北上する。
ここまで、旅は順調だった。しかし、安心していた所にトラブル発生。なんと、途中メッシーナから先は、ストライキで列車は動かないという。駅員が、たどたどしい英語でバスを教えてくれた。いやはや、若干余裕を持って出てよかった。パレルモでもう一泊なんてうんざりである。

空港にギリギリに着くと、疲れた顔をした人々が大勢いる。聞いてみると、なんと昨日は大嵐だったそうで、飛行機は欠航したらしい。中には、宿も取れず空港で1泊した人も居たようだ。ストライキのことなど忘れて、6日の予定にしておいて良かったと喜んだ。

2004年5月3日月曜日

シチリア島の旅 5日目 Taormina

 タオルミナは高台にある。ここから下ると、マリンブルーの地中海。5月と言うのに、気温は20度半ば。みなさん、水着で日光浴をしていた。
 タオルミナには、古代の円形劇場があった。
この街とも、今日でお別れ。お昼の電車で、パレルモに戻り、夜の飛行機でロンドンへ。そしたら、なんと電車がストライキで動いておらず!正直、これにはあせりまくり。結局バスを捕まえて、事なきを得るも、ビックリしたなー。ロンドンへの便は週中なのに満員。なんでも、昨日凄い嵐で欠航になったらしい。あー、一日ずれてて良かった。

2004年5月2日日曜日

シチリア島の旅4日目 Taormina

 泊まったホテルの朝食は、ご覧の通りのイタリアンガーデンで。海が見えてとっても気持ち良い。
 シチリア島らしく、ホテルにある木にはレモンがなっている。レモンの木を見たのは、初めてだった。
今回、最高に感動した一品!ロブスターのスパゲッティ。ロブスターの半身がでーーーーんと入って、なんと13ユーロ。1700円ほどである。倍払っても、こんなものロンドンではありつけまい!プリプリのロブスターの肉は、本当に美味しかった!

2004年5月1日土曜日

シチリア島の旅 3日目 Taormina

 タオルミナの街はこじんまりとしている。あちこちに小道があり、そこを入っていくと雰囲気の良いカフェやレストランなどがある。
 小道を抜けた広場で、おじいさんが絵を描いていた。私は絵は駄目である。真面目に授業に出て、テストもちゃんと答えたのに一度「2」を貰ったことがある。努力ではどうにもならないものもあると言うことを、先生は教えてくれた。
でも、写真は大好きだ。旅にはメモ用にデジカメを持ち歩くが、本当に良いモノは一眼レフで撮っている。この写真は今回の旅の中でもお気に入りの一枚。柔らかな光が、なんとも言えずいい!
夜は、タオルミナ湾で捕れた魚の地中海風というのを食べた。ご覧の様にケースに入った中から選ぶ。調理法も指定できる。新鮮な魚が食べられると言うのは、最高に嬉しかった。

2004年4月30日金曜日

シチリア島の旅 2日目 Taormina

 2日目、シチリア島東端の街タオルミナへ移動した。同僚のお薦めの街である。電車で所要時間約4時間。途中、色々な街が観察できて面白かった。ローマ以北のイタリアと比べて、全体的に貧しいのにはビックリする。日本は、実は所得の再配分に最も成功した国だと言うことを実感した
 タオルミナは、イタリア人が新婚旅行で一番行きたい街だそうである。映画「グランブルー」の舞台になった街と言えば、ピンとくるだろう。タオルミナの駅は海岸沿いにあるが、街は駅からずっと上のほうにある。バスまで時間があったので、タクシーを拾おうとすると20ユーロという。おいおい、その値段で、パレルモまで飛んできたのに!そこに、たまたまいたアメリカ人夫婦に声をかけ、4人でシェアすることにした。ヨーロッパでは、アメリカ人観光客を見ることは余りない。ただし、イタリアは例外である。何故だろう?
今回のホテルは、このサイトを参照した。実際に旅した人の感想が多く出ていて、とても参考になる。

泊まったホテルは、評判どおり最高だった。部屋には大きなテラスがあり、写真はそこからの眺めである。2泊したあと、どこかに移動する予定だったが、この景色を見た瞬間、残りの4泊は全てここに泊まることにした。

2004年4月29日木曜日

シチリア島の旅 Day1 パレルモ

 ゴールデンウィークにシチリア島を旅した。勿論、イギリスにGWはない。だが、ロンドンに居つつ、日本市場の仕事のしている私にとって、マザーマーケットが休みというのは格好の休む理由となる。
今回は、http:///で、パレルモまでとんだ。3時間ほどの飛行だったが、往復一人12000円だった。
 1泊目は、飛行機が着いたパレルモ。ここは、ホテルの予約に本当に苦労した。どこも満杯。よほどの観光地なんであろう.......と思ったが、全くの逆であった。街は、非常にうるさく、貧しく、そして汚かった。数泊の予定を、急遽1泊にしたほどだ。90年代初頭頃の東南アジアの国々のほうが、よほど富んでいた。実際、質の悪い中国製品を売る衣料品店や雑貨屋が多くある。車は、10年以上経ったような中古車が主流で、排ガスがすごかった。ホテルが取れないのは、単にここに滞在する人が少ないからだったのだ。
街を散歩すると、港町らしく魚屋が多くあった。中でもビックリしたのはこのマグロの解体現場。なんと、大トロも、中トロも、中落ちも、赤みも全て1キロ10ユーロだ。

年に一度、ロンドン三越でマグロの解体即売ショーをやる。そのときの価格は、トロ系が100gで確か7ポンド、赤身も5ポンドした。このちょっと貧しそうな魚屋のおっちゃんは、冷凍トラックを買って、ロンドンに運ぶだけで10倍の値段で売れるのだ。その途中で、ローマ、ミラノ、チューリッヒ、デュッセルドルフ、パリなど、日本人が多く住む地域を行商していけば、マグロ数体の需要はあるであろう。だれか、これをイタリア語に翻訳して、教えて上げてください!

2004年4月12日月曜日

イースターホリデー ベルギー&オランダ旅行 最終日

 デンハーグ(ハーグ)に泊まった。アムスとは打って変って、綺麗な街だった。
 40ユーロで泊まってしまったこのホテルは大満足。なんといっても、ジャグジー風呂が最高!ジャグジーに入って、窓を開けて、「デンハーグ温泉」気分を満喫した。
ハーグと言えば、公民の授業で習う国際司法裁判所。なかなか立派な建物である。

さて、オランダの感想。正直、あんまり感激はなかった。食事も大して美味しくない。ただ、旧植民地であったインドネシア料理が食べられるのは嬉しかったけど。ヨーロッパを夢見てくるなら、オランダは余りお薦めできない。

2004年4月11日日曜日

イースターホリデー ベルギー&オランダ旅行 3日目



今日は、ハーグに移動。途中で、キューケンホフガーデンというところに行く。
ここは、チューリップで有名なところ。ものすごい人出で、数キロ先から渋滞になっていた。
それでも、色とりどりのチューリップを見ることが出来て大満足。キュウーケンホフ=キュウーケン村。キュウケン=球根? 何か響きが似てるなぁ。球根の語源って、そうなんかしらん?

2004年4月10日土曜日

イースターホリデー ベルギー&オランダ旅行 Day2

 今日は、ハーグに移動。途中で、キューケンホフガーデンというところに行く。ここは、チューリップで有名なところ。ものすごい人出で、数キロ先から渋滞になっていた。
アムスでは、オークラホテルに泊まった。久々に、日本の雰囲気が味わいたかったのである。中には、山里という日本食レストランがあった。ご覧のような懐石弁当が出た。美味かった~。日本庭園を眺めることも出来、なかなかよかった。

2004年4月9日金曜日

イースターホリデー ベルギー&オランダ旅行 DAY1

 イースター休暇は、ベルギーとオランダ3泊4日旅に出かけた。オランダのチューリップがメインだったものの、最近美味しいものを食べていないことに気づき、道中「美食の国」 ベルギーにも立ち寄ることにした次第。一泊目はゲントに泊まった。ブリュージュと1時間も離れていない距離にあるが、こちらは未だに現役の商都である。
 ベルギーで食事をはずしたことは、一度もない。今日のレストランも、最高の味と雰囲気だった。旬の白アスパラガスをふんだんに使ったコースに、味覚オンチの国 イギリスからやってきた我々夫婦は大感激!調子に乗って、アルコール度数の高いベルギービールをあれやこれやと飲み比べし、ふらふらになりながらホテルに戻った。
ゲントの街は、とても趣があった。実は赴任前、私はロンドンにもこういうヨーロッパのイメージを持っていた。石畳にオープンカフェ。ひっそり落ち着いた雰囲気 etc.....実際のロンドンは、似ても似つかない。ハッキリ言ってロンドンの雰囲気は、ゲントよりも香港に近い。それを悟ったときのショックは大きかった。ヨーロッパ大陸に頻繁に通いたくなるのは、そのためである。

2004年3月23日火曜日

スイス単独スキーツアー 4日目

短い休みだったが、まさに「気が済んだ」って感じ。最終日も、実は滑る時間はあったのだが、流石に一人で”ガンガン”滑ったため疲れてしまった。ホテルで寝坊し、朝食をゆっくり食べて、過ごした。

やはり、単独ツアーは寂しいかな。特に、このリゾート地に於いて食事を一人で取るのは苦痛だった。来年は、もっと早くから予定を立て、妻と二人で来たいと思う。

写真は、昨年9月に訪れたときのアイガー。季節によって、全く違った表情を見せるこの地域だが、そのホスピタリティだけはいつ来ても変わらなかった

2004年3月22日月曜日

スイス単独スキーツアー 3日目

 今日も朝からタップリすべる。3月となると、流石にヨーロッパのスキー場とは言え、雪が緩んでるところもあった。もう、数週間でシーズンは終わりだ。その分、吹雪く事もなく、短期の予定で来るには良いかもしれない。欧州人にとってスキーは1週間楽しむもので、シャーレやホテルは1週間単位になっている。天気が悪いと宿に泊まってゆっくりくつろぐそうだ。同僚に、「4日間、スイスにスキーに入って来る。」くると告げると、「まるで出張だな。」と笑っていたっけ。

これは、ユングフラウ。目の前に迫りつつある氷河がお分かりいただけるだろうか。まるで押しつぶされそうな迫力だ。

2004年3月21日日曜日

スイス単独スキーツアー 2日目

さ、今日は2年ぶりのスキーだ。まず、Grinderwaldまで普通の電車で来て、その後登山電車に乗り換える。
       

 30分ほどで、クライネシャッディックの駅に着く。当然だが、夏の様子からは想像も出来ない銀世界が目の前に広がった。
日本のスキー場と比較すると、スケールが段違い。日本のスキー場は、山の一部の木を切り倒して整地した感じだが、こちらは元々高度が高く木など殆ど生えていない。2000メートル以上の山塊の山肌全てがコースだ。
余りに広いので、かなり疲れる。疲れたら、ヒュッテによって、シュニッツェルなど食べながら、お気に入りのバイスビールを飲む。こんな景色を眺めながら。あー、スキー最高!

2004年3月20日土曜日

スイス ベルナーオーバーラントでスキーをする

最後のスキーから丸2年経った。初めてスキーを本格的にやったのは、札幌に転勤になった6年前だ。あの冬は、30回ほどスキーに行ったっけ?他にやることがなかったしなぁ。会社を辞めて東京に戻ったため、本格的にやったのは1年だけ。とは言え、毎年5日以上はスキー場へ足を運んだ。

そろそろ、シーズンが終わると考えると、なんだか居ても立っても居られない気分に。そして、突如、スキー行きを決めた次第。今回は、妻も用事があるというので、久々に単身旅行となった。まあ、スキーは本来孤独なスポーツだしな。

初日は、Swiss Airでヒースローからチューリッヒへ。そして、電車に乗ってインターラーケンに着く。実は、ここに来たのはつい半年前だ。ユングフラウ、アイガー、メンヒの山々の美しさに心を打たれ、ぜひ冬の様子も見たいと思った次第。それに、勝手が分かってるほうが、滑りに集中できそう。