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2004年8月30日月曜日

ヨーロピアンアルプス 夏休み 11日目 Aufwiedersehen

 ドイツで、ベンツを借りて、これをやらずには帰れまい。そう、アウトバーンぶっ飛ばしだ。

昨日Tonykから、飛ばすならミュンヘンからガーミッシュに向かう95号線に限ると教えてもらった。意気揚々と出かける。
借りたSLKは、2リッターのターボ。私は加速が良い車が好きだ。これまでに乗った車の中で最高だったのは、赴任前に日本で乗っていたレガシィ。あれは、楽しい車だった。それに比べると、SLKの加速は物足りない。しかし、いざ200キロを越えるスピードを出すと、さすがはベンツ。車内は静かだし、車は安定しているし。絶対的な信頼感があった。写真のメーターは227キロをさしている。今回は235キロまで出せた。あそこまで、ひとつの物事に集中したのは久しぶり。全身集中という感じ。したがって、超高速走行はかなり疲れた。人間が普通にコントロールできるスピードは150キロまでだと思う。ドイツの車も、一応リミッターはついてるが、250キロにセットされている。さすが!


アウトバーン映像1

アウトバーン映像2

と言うことで、10泊11日のヨーロピアンアルプスの旅が終わった。目標のビール一日2リットルは、恐らく達成したと思う。アウトバーンも走れたし、大自然も満喫できたし、大満足!

何故か、私はドイツのバイエルン地方が大好きである。フランスはなんか気取っていて、人々も気難しい。イタリアは、美味いが騒がしい。スペインはあっけらかーーんとしすぎ。どこもとってもいいところなんだけど、やはり住みたいとは思わない。その点、バイエルンなら絶対に住める。大陸的なスケールの大きさ。人々もフレンドリーで楽しいが、それで居て几帳面。ちょっと走れば山や湖がいっぱい。そして、最高に美味いビール!!あー、なんて良いところなんだ。

今夏の走行距離は、1,739キロ。幸いにも、ウィンカーのキズも、お咎めなしだった。ドイツでは、ポルシェなんかも簡単に借りられる。次は、週末旅行でこれを試そうかな?

なお、お薦めの会社はここ。
www.sixt.com
www.avis.de
ロンドンについて、唖然とした。そう、今日は家の周りでNottinghillカーニバルが行われていて、街は無法地帯になっていた。町中が酔っ払いと、空き缶と食べ残しのゴミであふれかえっていた。
真面目に、ドイツに移民しようかと思った瞬間であった。


2004年8月29日日曜日

ヨーロピアンアルプス 夏休み 10日目 Mayerhofen

Tirol 最終日はマイヤーホッフェン。スキーリゾートとして有名なこの町も夏の間は静かである。
何を隠そう私は登山愛好家である。今回は登山は考えてなかったが、綺麗な山を見ているうちに、少し歩きたくなった。マイヤーホッフェンは、スキー用のゴンドラやリフトを夏場も動かしているので、気軽に山に上がれる。3時間ほど山を歩いたが、景色もよく空気も美味しく最高だった。出来れば、登山目的だけに来て数日間山小屋を泊まり歩いてみたいものだ。そうこうしているうちに雲行きが怪しくなり、慌てて山をおりる。
今日の夜は、DeutchelandのBad Tolzに泊まる。
ここで、ドイツ人の友人Tonyに会う。奴と飲むビールは最高に美味い!とは言え、Tonyと会うのはこれが3回目である。最初にあったのは、95年のサイゴンだ。卒業間近の最後の足掻きとばかりに、ベトナムとカンボジアを旅したとき、安宿外のカフェで意気投合したのだった。きっかけは良く忘れたが、当時の私はドイツ語がそれなりに出来た。それで、ドイツ語を聞いて話しかけたんではなかったか?それから、数日、彼とその他カフェであった日本人、アメリカ人などとつるんで昼は観光をし、夜はビールを飲みと最高の1週間を過ごしたのだった。2回目は、昨年夏ミュンヘンに旅行したとき、そして今回が3度目。相変わらず、時間がたつのを忘れ、しゃべりまくり、飲みまくった。そんな我々を見て、妻は「まるで、幼馴染同士のよう。何で、3回あっただけでアレだけ意気投合するんだ?」と面白がっていた。また、飲もう、Tony!

2004年8月28日土曜日

ヨーロピアンアルプス 夏休み 9日目 Plansee

 ここでお薦めしたい本をひとつ。
http://uk.dk.com/static/cs/uk/11/travel/intro.html
イギリスのDK社のガイドブックは素晴らしい!"Eyewitness travel guides"と銘打っているだけあり、絵と写真が豊富。小さな町も網羅されていて、行き先を探すのにとても便利である。名所旧跡の解説も詳しい。

このガイドブックにPlanseeは出ていた。「チロル地方の山に囲まれた静謐な湖」との言葉に惹かれやってきた。果たして素晴らしかった。池の周りにハイキングコースが設置されていて、3時間ぐらいで歩ける。
ちょうど半分くらい歩いたところに、小さなレストランがあった。んー、仕方ない。一杯いくか~。

写真は、Franziskner weiss。またしても、バイエルンのバイツェンビールである。
このビールは味は最高だが、なんかデザインが野暮ったい。したがって、格付けは10-。
奥に小さく見えるのは妻のグラス。こうして、2番目に飲みたいビールを妻が飲み、私はその多くを拝借するのである。

2004年8月27日金曜日

ヨーロピアンアルプス 夏休み 8日目 オーストリアへ戻る

 本当に、素晴らしいところだった。しかし、我々は旅人だ。ここに留まることは出来ない。それに、この素晴らしさは旅人であるからこそ味わえるのであろう。などと、考つつ最後のピザ一枚をほお張り北上開始。
今回は、ブレナー峠を越えた。ここは、最も低い高度で南北欧州をつなぐ大動脈である。大きなトラックがたくさん通っていた。

今晩の宿はRuetteという素朴な街。ドイツ国境に近く、15キロ先は昨年行ったノインシュバンシュタイン城がある。
今日泊まった宿はここ。15世紀に建てられた古くて、しかし立派な建物だ。

ちなみに、ドイツ語圏は概して宿泊費が安い。ここも、一泊二人で54ユーロだった。

2004年8月26日木曜日

ヨーロピアンアルプス 夏休み 7日目 Gardasee

 ガルダ湖も3日目である。なんと、のーんびりして良いところなんだろう。英語が全く聞こえてこないのもいい。旅先で、バリバリの気取ったイングリッシュを聞いてしまうと、旅の開放感が半減する。日本でも、「日本人が少なくて良かったです」というが、同じ感覚で、イギリス人が居なくて最高だった。そういえば、この街に居た4日間、全く東洋人を見かけなかった。小さな町だったので、僕も妻もかなりに目立っていたことだろう。
イタめしは美味かった。ピザ、パスタ、ハムなどなど、どれも単純な食事だ。だからこ、素材がまずいと美味しくは出来ない。
僕の大ヒットは生ハムメロン。これと、ビールさえあれば満足だ。

2004年8月25日水曜日

ヨーロピアンアルプス 夏休み 6日目 Gardasee

宿に置いてあったパンフの中に、素晴らしいモノを見つけた。Thermal Parc Del Garda"と言うその場所は、巨大な温泉湖だ。一日3000リットルの温泉が湧くとある。水温39度の温泉に水着を着て入るそうだ。あー、これは行きたい。しかし、妻はこういう場所は苦手である。かといって、東洋人の男が一人で入るのは、いかにもヘンだ。恋人を探しに来た、モーホーと思われるリスクさえある。しかし、今回は妻も珍しく行きたがってくれたので、早速出かけた。果たして、イメージしたとおりのところだった。ところどころ、足元からじわ~っとお湯が沸いているのが分かる。いやーーー、気持ち良い。

温泉は、日本だけかと思いきや、ドイツ、イタリア、そしてハンガリーなど、温泉名所は結構あるのである。水に浮いて一日過ごし、超リラックスできました。

2004年8月24日火曜日

ヨーロピアンアルプス 夏休み 5日目 Gardasee

 イタリア人の運転には閉口した。無理な追越しが多い。狭くて、普通なら譲り合うような場所でも、平気で突っ込んでくる。車線を書いてないところが多くあり、方側1車線のはずが、いつの間にか隣に並行して走る車が居たりする。あー、ただでさえ左ハンドルはなれないのに!と思っていたら、いきなり突っ込んできた車をよけた瞬間、ドアミラーをこすってしまった..............。がーーーーん!このベンツ、ドアミラーにウインカーはついていて、そこにちょっとしたヒビ割れが!
 ちょっとイライラしつつ走っていてたどり着いたのが、ガルダ湖。目の前がパーっと明るく開けて、一気に開放的な気分に。オーストリアは長袖だったが、ここは短パンにTシャツでOK.湖畔では泳いでいる人、日焼けしている人などなどでとても賑やか!一気に夏が来た感じである。
 適当に湖畔を走っていると、なかなか綺麗なホテルが見つかったので、そこに決める。窓からの眺めも最高。本当は、ここから更に走ってイタリアンリビエラまで抜ける積りだった。しかし、ちょっと疲れてきたし、イタリアドライブは爽快とはいえなかったので、ここに落ち着くことに。結局3泊。
ガルダ湖では、走っている車の6割がドイツナンバーだった。ここは、泳げる海のない彼らにとって最も近い夏のリゾートのようだ。レストランに座っても、まわりはドイツ語だらけ。メニューもドイツ語とイタリア語だ。ドイツ人が多いと言うのは、僕にとっては最高に嬉しい。「ドイツ人の集まるところに、美味いビールあり」だからだ。実際、バイエルン地方の銘柄は一通り、しかもその多くは生で飲むことが出来た。写真は、そのひとつである Maisels Weiss という銘柄。僕の最も好きなビールのひとつである。格付けは10++!これを含め、Weissbierというのは、小麦で作られており「キメが細かく、フルーティ。喉越しも爽やかで、正に夏にピッタリ」という感じ。

2004年8月23日月曜日

ヨーロピアンアルプス 夏休み 4日目 Grossglocknerを越える

 今日は、今回のハイライトのひとつGrossglockner峠越えである。南北ヨーロッパを結ぶ峠はいくつもあるが、この峠の美しさはトップクラス。かなり標高の高いところを越えるので、真夏でも雪景色、氷河なども楽しめる。
 これが、Grossglockner氷河。スイスのユングフラフでは、山の上に載っている氷塊を見たが、実際に流れになっているのは初めて。迫力のある眺めであった。
 ランチでまたビールを飲む。Stieglという銘柄。やはり、Salzburg州のビールだ。ドイツのバイエルンで飲むHBビールに似たちょっと「重ためで、蜂蜜系の甘さが入ったビール」。評価は4点。
 とうとう、峠を越えてイタリアへ。いきなり道が狭く、粗くなった。オーストリアは切り立った山の形だったが、イタリアのそれは、ごつごつとした、異形だ。ドロミテ地方を走りつつ、今日の宿を探す。最後の休みに出てきたイタリア人で街は賑わっていて、なかなか宿が無かった。そして、今回最悪の宿にたどり着いたのである。もう、街の場所も忘れてしまったが、ベットは20年は使ってそうなもので、ギシギシ言っている。翌朝、ホテルのおばさんが「ステイはエンジョイできたか?」と笑顔で聞いてくる。一瞬からかってるのかと思ったが、その笑顔に悪気はなさそう。正直な僕は、「ベットは少なくとも30年に一度は入れ替えたほうが良い」と答えた。
今日の夜は、FORSTというビール。イタリアはビールは期待していなかった。5月に行ったシシリア島でも、昨年10月に行ったローマでも、銘柄は2種類しかなく正直美味しいとはいえなかったからだ。しかし、北イタリアはどうも違うらしい。ドイツ圏からの影響なのか、美味いビールが結構ある。このFORSTもそのひとつ。喉越しがすっきりした、「爽やかな新緑の森」の様なビールであった。ビール格付け 7 。

2004年8月22日日曜日

ヨーロピアンアルプス夏休み 3日目 St.Wolfgangsee

 ヴォルフガング湖に着いたときは、大雨だった。その日は、夕食を食べて、おとなしく寝た。しかし、翌朝起きてみると、これが凄い晴天走っていて良さそうな街だったのでたまたま泊まったのだが、実はここは登山SLで有名な観光地だった。このSLの写真、そういえばどこかで見たことがあるなぁ。40分くらいかけて山に登ると、360度山と湖がおりなす
絶景を見ると、自然と体がビールを欲す。今回の旅のテーマその2は、「一日2リットル!」。勿論、ビールの消費量のことだ。なんといっても、ドイツ語圏はビールが美味い。オーストリアも例外ではない。オーストリアビールは余り輸出されておらず、珍しかった。特に、Ziperという銘柄は、欧州のビールには珍しい、切れ味が良いタイプ。アサヒスーパードライにた感じて、気に入った!ビール格付け 8

今日の宿泊地は60キロほど走った、Zell am Seeという街。

2004年8月21日土曜日

ヨーロピアンアルプス 夏休み 2日目 Salzburg

今日は、残念ながら雨。でも、ザルブブルグの街は意外と雨が似合う街であった。
街を見下ろす場所に、城塞がある。なんだか、エジンバラのそれとよく似ている。上から見下ろすと、とこんな感じ。タイムトリップしたような街だった。もう一泊しようと思ったけど、今回の目的は自然に親しむこと。ということで、夕方には移動をした。
St.Wolfgangseeという湖畔の町まで70キロ移動。

2004年8月20日金曜日

夏休み ヨーロピアンアルプスの旅 1日目

 今日から、やっとこさ夏休み。盲腸で、東欧旅行がお流れになってしまい、今回は仕切りなおしである。どうも、東欧は縁起が悪い気がして、行き先をヨーロピアンアルプスに変更。
ロンドンからミュンヘンは、今回はBritish Airwaysで飛ぶ。格安航空会社だとチケットは安いのだが、どうも「旅」の雰囲気が盛り上がらない。郊外の空港まで運転していくのも、ちと面倒。その点、BAなら近所のPaddington駅から15分で、国際空港そのものの雰囲気。シートピッチも広いし、軽食と飲み物も無料サービスだし、結構嬉しい。ミュンヘンの空港は、とっても綺麗だった。ボロボロのヒースローとは雲泥の差。荷物が出てくるターンテーブルにセンサーがついていて、荷物がぶつかり合わない様になっていたのはさすが工業国。
今回の旅の目的のひとつは、オープンカーで爽やかな夏を満喫すること。BMWのZ4を予約していたのに、残念ながらベンツのSLKになってしまった。カウンターのFrauleinに、「まだドイツでしか売ってない新車だから、お得よ」と説得され、しぶしぶ納得する。あー、そうは言ってもバイエルン=BMWだろう。とは、言ってみたものの乗ってみると意外と良かった。ちなみに、お値段は12日間借りて600ユーロ(約8万円)。VWを借りても450ユーロはするので、やはりお得である。今日は、オーストリアのザルツブルグへ。走行距離115キロなり。

2004年7月12日月曜日

両親とベルギー小旅行の巻 3日目

 2日目は、ブルージュに泊まった。ここは、ヨーロッパの中でも是非一度は訪れたい街である。中世の城郭都市の様子がそのまま残されている。元々は、貿易都市として栄えた。しかし、町中に張り巡らされた運河に土砂が溜まり、物品の運搬に適さなくなってしまい、街の役目は終わった。北海との水運が閉ざされた結果、歴史の流れからも取り残されたことは、その栄華を偲ために訪れる我々にとっては幸いなことである。
 私は、何故か人と同じ料理を頼むのが嫌いだ。例え食べたくとも、連れの誰かがそれを頼むと、違うものを頼んでしまう。オリジナリティが無いのが嫌なのか、それとも色んな種類を楽しみたいのか、その深層心理は自分でも不明だ。

ベルギー料理は美味しい。その中でも、最高に美味しそうだったのが、父の頼んだこの子羊の料理。ウェイターも一押ししたこの料理を私も頼みたかった。しかし、父が「これ、おいしそうやねー」と注文を決めた瞬間、私の深層心理が「違うものを頼め!」と指令したのである。その結果頼んだ鴨料理は、とても美味しかったが、やはり羊の方が数段美味であった。一切れ貰っただけだけど......。
ということで、ベルギーのショートトリップは終わった。両親も大満足で、嬉しかった。

ただ、ひとつ心残りのことがある。フランスのカルフールでフレンチの食材を色々買い込もうとした。しかし、その日に限ってレジが大混雑で、15分待ってもまだ行列。気が付くと、船が出るまでにもう時間がない。私は、母と妻に「さりげなく車に戻るように」と指示を出した。その1分後、自分も買い忘れたものを探すようなそぶりで、一杯に積んだカートを離れた。そして、車に戻り、一目散フェリー乗り場へ向かったのである。あー、あそこに積んだ物を、片付ける羽目になった店員は、怒っただろうなあ。
しかし、我々はアレを本心から買いたかったのだ。悪いのは、レジで30分待たせるカルフールのほうである。と、弁解しておきたい。

2004年7月11日日曜日

両親とベルギー小旅行の巻 2日目

南ベルギーにはお城が多くあり、それらを巡るのも楽しい。どれも、個性的な形だ。
もう数年で還暦を迎えるはずの母は、お城を巡る間に少女になっていた。

2004年7月10日土曜日

両親とベルギー小旅行の巻 1日目

 7月上旬に、父が出張で英国にやってきた。西洋世界を見たことがない母を連れて!
ハハのリアクションはなかなか新鮮だった。しかし、私は、この狭い島国をして、「西洋」を代表させるのは、納得がいかなかった。

旅行で、フランス、ドイツ、イタリア、イギリスには行っても、ベルギーに行く人は多くないのではないだろうか?まず、欧州大国を行き尽くし、アルプスも見て、さて東欧か、はたまた北欧かというのが、パターンであろう。
しかし、ベルギーはもっと評価されるべきである。大国に挟まれ、文化の良いところ取りをした結果、最もヨーロッパらしいヨーロッパになっている。言うまでもない。EUの首都はブリュッセルである。

そんなわけで、私は欧州代表としてベルギーを選出、両親を連れて行くことにしたのである。英国とベルギーは意外と近い。ロンドンからドーバーまでは約2時間。フェリーで1時間強でカレーに渡ると、そこからベルギー国境までは1時間半ほどだ。
初日は、ベルギー南部のディナンという街に泊まった。川沿いにあるこの小さな都市は、パリとケルンを結ぶ道の間にあり、両国をめぐる歴史の中で翻弄された。また、銅製品でも有名で、サクスフォンは、ここで最初に作られたそうである。

ベルギーの街はどこも小奇麗で花が一杯だ。ドライブしているだけで楽しい。この点、非常にドイツ的に感じる。一方、食事は素材がよりフレッシュな、しかも気取らないフレンチという感じ。飲み物は、ワインの様にアルコール度が高く、フルーティーなビールである。良いところ取りというのが、分かっていただけるだろう。

2004年6月27日日曜日

27時間 フランス旅行

今回の旅の主目的にひとつが、夏に向けたビールの調達である。何しろ、英国の物価は高い。普通の330ccの瓶ビールが一本200円、輸入銘柄になるとこの倍はする。これが、海を越えたフランスでは50円だ。

4月の旅行で、ベルギービールの世界に完全に魅せられた私は、今回は英国では一本400円もするベルギービールの数々をどうしてもそろえたかった。国境を越えたベルギー側に、写真の倉庫のような酒屋がある。ここでは、1本、1ユーロ以下だ。嬉々として各種取り揃えて100本ほど調達。前日にフランスでも100本ほど買ったので、車はトランクも後部座席も荷物でいっぱい。

EUの国境は、原則フリーパスである。しかし、余りに大量の荷物を積んでいたので怪しまれたのか、初めてストップをかけられた。トランクを開けた仏軍の制服兄ちゃんは、大量のビールを見て、英語で"oh my god!"と言った。

2004年6月26日土曜日

27時間 フランス旅行

 ユーロトンネルは、12時以降に出発し、翌日15時前の列車で戻ると37ポンドというお得な料金がある。買い物客を対象とした日帰り20ポンドなんてのもあるが、それだけだとちょっと味気ない。その点、一泊できれば買い物のあとオーべルージュに泊まってフレンチを味わうと言うことができ、土日旅行にはうってつけである。

ロンドンから、ユーロトンネルの英国側の駅までは約1時間半。2階建ての電車に、写真のように車ごと乗り込む。対岸までは、35分!
この、トンネル建設は、Japanマネーの存在なくして成り立たなかったことをご存知だろうか。考えてみれば、無謀なプロジェクトだった。絶対にソロバンが合わないこの事業に、バブル期の邦銀が「海外大型プロジェクトファイナス!」とこぞって融資したのだった。その後、90年代半ばに多額の債権放棄が行われ、損失が確定した。その後も数回の金融支援が行われている。にもかかわらず、このトンネル会社の収益はボロボロだ。利払いが出来るだけのキャッシュフローしかない。

英仏両国民は、本当は陸続きは嫌なようだ。この儲かっていないトンネル、いつの日か集票に困った政治家が、浮動票を得るために埋め建てるのではと危惧するしだいである。
 フランス旅行にお薦めしたいのが、このウェブサイト。
独立系のオーべルージュが多数載っている。これまでに、掲載されている宿に10泊ほどしたが、一度も不満に思ったことがない。宿泊費は50-80ユーロ(2名)と格安で、最高の料理と無名だが美味しいワインの組み合わせがこれまた50-80ユーロ(2名)。つまり一泊2食、2名で100-150ユーロで最高のフレンチが楽しめるのだ。ロケーションは大半は車でしかいけない田舎なのだが、レストランは「こんな田舎に、こんなに雰囲気の良いレストランが!」と毎回驚かせられる。

今回は、カレーから約1時間、ベルギー国境に近いAUBERGE AU VERT MONT に泊まった。昨年についで、2回目。ワインよりも、ベルギービールのセレクションが充実している。ベルギービールに目覚めた私にとっては、最高のオーべルージュである。
妻は、お庭の小動物園が気に入った様。同じ敷地に、七面鳥、鶏、羊、キジなどが沢山飼ってある。まさか、食用かと思ったが、1年後に訪れても同じ面子が揃っており、杞憂であった。

2004年6月20日日曜日

エジンバラの旅 Day3


エジンバラには、実は数多くの有名な運用会社がある。その大半が、かなり長期の運用をやっていて、滅多に売買をしない。そして、運用成績もかなり良い。この街に来て見て、何故そのような運用スタイルなのかが良くわかった。エジンバラでは、本当にゆっくり時間が流れている。ここでは、短期的なニュースなどノイズでしかありえない。ノイズに惑わされることなく、あらゆる事象の本質はなんなのか?その中で、構造的に恩恵を受ける産業、ダメージを受ける産業はなんなのかという観点で投資が出来るのであろう。

情報の洪水の中で、本質を見逃してないか?エジンバラの街は、私にそう問いかけているようだった。

2004年6月19日土曜日

エジンバラの旅 Day2

 エジンバラの天気は、ロンドン以上に不安定だった。カールトンヒルに登ったときには、ご覧のような晴天。
 それが、30分後にはこれである!このあと、雨になったが、その30分後にはまた晴れた。
そして、エジンバラ城に登ったときには......。
晴れたからと思い行ったら、そのあとものすごい暴風雨に。お城の見学どころではなかった。この街では、天候は全て運に任せるしかなさそうだ。

2004年6月18日金曜日

エジンバラの旅

 たまには、イギリス国内も旅してみようと思い、エジンバラに行った。ロンドンのキングスクロス駅からは、ご覧のようなレトロな雰囲気の列車で4時間半である。電車は、ほぼ満席に近い。イギリス人って鉄道の旅が好きなようだ。みんな、なんとなくはしゃいでいる感じ。
 エジンバラの駅を降りて、驚いた。ここは、英国ではない!!スッコトランドという外国に来たんだということを実感した。レンガ造りが多いイングランドと比較して、こちらは全てが石造り。とても重厚な雰囲気だ。英語も、早口でアクセントが強く、普段耳にしているのとは全く違う。
 ATMでお金を下ろして、更にビックリ。スコットランド独自のお札があったのだ!勿論、イギリスポンドと同じ価値だが、エリザベス二世の肖像画はそこにはない。ロンドンでこれを使おうとすると、結構嫌がられるらしい。
 ロンドンのパブはうるさく、煙たく、余り行く気がしない。それに、料理も本当に驚くほどマズイ。それに比べて、エジンバラのパブは、静かで落ち着いていて、料理もとても美味しかった。独自銘柄のビールが多くあり、飲み比べが楽しい。
何故この季節を選んだかというと、夜が長いから。夏至が間近のこの時期は、夜中の12時でも、そらがうっすらと明るい。写真は、0時過ぎに浮かび上がるエジンバラ城。

2004年5月4日火曜日

シチリア島の旅 最終日

 飛行機は、パレルモからなのでお昼前の電車で戻る。ローマ行きの列車。ほぼ、丸一日かけて列車は北上する。
ここまで、旅は順調だった。しかし、安心していた所にトラブル発生。なんと、途中メッシーナから先は、ストライキで列車は動かないという。駅員が、たどたどしい英語でバスを教えてくれた。いやはや、若干余裕を持って出てよかった。パレルモでもう一泊なんてうんざりである。

空港にギリギリに着くと、疲れた顔をした人々が大勢いる。聞いてみると、なんと昨日は大嵐だったそうで、飛行機は欠航したらしい。中には、宿も取れず空港で1泊した人も居たようだ。ストライキのことなど忘れて、6日の予定にしておいて良かったと喜んだ。

2004年5月3日月曜日

シチリア島の旅 5日目 Taormina

 タオルミナは高台にある。ここから下ると、マリンブルーの地中海。5月と言うのに、気温は20度半ば。みなさん、水着で日光浴をしていた。
 タオルミナには、古代の円形劇場があった。
この街とも、今日でお別れ。お昼の電車で、パレルモに戻り、夜の飛行機でロンドンへ。そしたら、なんと電車がストライキで動いておらず!正直、これにはあせりまくり。結局バスを捕まえて、事なきを得るも、ビックリしたなー。ロンドンへの便は週中なのに満員。なんでも、昨日凄い嵐で欠航になったらしい。あー、一日ずれてて良かった。